相続への想い

故人への一番の贈り物は・・・前向きに力強く一歩を踏み出すために
大切な方を亡くされた時、私たちはその深い喪失感の中に閉じ込められてしまいます。四十九日が過ぎ、百箇日が過ぎても、ふとした瞬間に込み上げる寂しさや、何も手につかないほどの空虚感。それは、あなたが故人を深く愛していた証でもあります。
しかし、相続という手続きに向き合う今、私はあえてお伝えしたいことがあります。
**「故人への一番の贈り物は、いつか、その悲しみを忘れてあげること」**ではないでしょうか。
皆さんは「冬のソナタ」という韓国ドラマを覚えておられるでしょうか?
10年間亡くなった初恋の人を思い続けてきた女性、チェ・ジウ演じるユジンがその初恋の人にそっくりなペ・ヨンジュン演じるミニョンと対峙する場面でのやり取りにこんなくだりがあります。
ミニョン「死んだ人への一番の贈り物は忘れてあげることです。」
ユジン「隣で息をしていた人が突然消える感覚、分かりませんよね?何も変わっていないのに1人だけいない感覚、分かりますか?」
この場面、ドラマの中ではそう重要な場面ではないのに、相続の専門家である私の心にとてつもなく重くのしかかりました。
そうです。10年間も亡くなった人にこだわり続けることは異常なことなのです。
異常だからこそ大ヒットドラマとなったとも言えるわけですが、これを私自身の経験とすり合わせてみました。
私は平成25年(2013年)に母を亡くしました。
しかも突然に。
しばらくは胸の奥が伽藍堂になり、何もする気が起きませんでした。
でも事務所に来て経営者として、実務家として仕事をしなければならない。
私にお茶なんて淹れてくれたこともないあるドライなスタッフが、よほど不憫に見えたのかお茶を淹れてくれたことを覚えています。
そして2週間ほど経った時、私はこの伽藍堂の胸ごとドーバー海峡に沈めました。
これはつまりどういうことかというと、「その悲しみを忘れた」ということです。
その後相続は円満に終えることができました。
私は大学を出てすぐ親元を離れ、何の親孝行もせずに母と別れてしまいましたから、母に長く寄り添って母に尽くした者が多くを相続すべきと思いましたので、そのような提案をして私自身は控えめに相続しました。
当時相続した株式の銘柄で、今も保有しているものもあります。
そして時は令和7年(2025年)、母の13回忌。
読経の後の住職の説法で、母のことを思い出し涙が溢れてしまいましたが、その後家族から振る舞われた食事中、母の話は家族の誰からも全く出ませんでした。
仕事や趣味など、それぞれの生活にまつわる話で盛り上がったのです。
そうです。家族みんなが母を失ったことを忘れることでこの13年間たくましく生きてきたのです。
それは何ら恥ずべきことでもなく、冷酷且つ非情なことでもなく、前向きにたくましく生きるために必要な、極めて正常なことだったのではないでしょうか。
悲しみを抱え続けることは、故人の願いか?
私たちは、悲しみ続けることこそが供養だと考えがちです。故人を忘れないために、辛い感情をずっと手放さずに握りしめてしまう。けれど、もしあなたが逆の立場だったらどう思うでしょうか。
あなたが愛する人は、あなたが自分の死によって一生泣き暮らすことを望んでいるでしょうか?
きっと、そうではないはずです。あなたが再び笑い、あなたの足でしっかりと人生を歩んでいくこと。それこそが、旅立った方が一番に願っていることではないかと思うのです。
「相続」とは、命のバトンを受け取ること
相続は、単に不動産の名義を書き換えたり、預貯金を分け合ったりするだけの事務作業ではありません。それは、故人がこの世で懸命に生きた証を、あなたが引き継ぐという儀式です。
故人が残してくれた財産には、その方の汗や涙、そしてあなたへの「これからも幸せに生きてほしい」という無言のメッセージが込められています。
「もう大丈夫だよ。あとは私がしっかり受け取って、自分の人生を歩んでいくね」
そう心の中で告げて、辛い感情をそっと手放してみてください。故人を失った「過去」に縛られるのではなく、受け取ったものを糧にして「未来」へと視線を向ける。その瞬間に、相続は単なる手続きから、あなたの人生を前向きに変えるエネルギーへと進化します。
前向きに生きることが、最高の供養
悲しみを捨て、前向きな人生を送ることは、決して故人を軽んじることではありません。むしろ、あなたが受け取った「相続」というギフトを最大限に活かし、誰よりも幸せに生きることこそが、故人に対する何よりの恩返しであり、最高の贈り物なのです。
あなたの新しい一歩が、故人の生きた証をより一層輝かせる。
私たちは、その第一歩を支えるパートナーでありたいと願っています。